10月21日STONE FREE FES 2023開催! 251との関係も聞かせて頂いたインタビュー!

Super Junky Monkeyに始まり、BO-PEEPや髭、tabacojuice等以前から251と縁のあるアーティストが在籍するレーベル“3rd Stone From The Sun LLC”。デジタル復活リリースを祝い10月21日に開催されるイベントを翌月に控え、レーベルボス小林氏と出演者を代表してBO-PEEPのメンバーにお話を伺いました。

一同:30周年おめでとうございます!

―― ありがとうございます。まず今回のイベント主催者である小林さん(3rd Stone From The Sun LLC:以下サードストーン)と251の出会いからお話しできればと思いますが。

小林:いつからかな…、(251に在籍していた)伸ちゃんがSuper Junky MonkeyのギターのKEIKOと仲良かったんだ、だからSJMのPAをやってもらったことがあって、その時の伸ちゃんの音が良くて髭のPAもやってもらった流れだったね、はい、記憶が繋がりました。

―― その頃はBO-PEEPと出会ってましたか?

小林:その頃はまだ出会ってないですね。2人は最初に251でやった時のことは覚えてる?

Ryoko:多分27、8年前ぐらいかな。251ができてまだ間もない頃じゃない?

Mika:そう、MOON・BEAMと一緒だったよね。当時私達はルバシカという女子4人のバンドで、福岡では結構ぶいぶい言わせてたんよ(笑)。そのころから(Ryokoとは)一緒だからね。

Ryoko:BO-PEEPと違ってポップロックみたいな感じで、ギターの子がTHE BEATLESやQUEENが好きで、ニルヴァーナもね。全部ミックスされたような感じのサウンド。

Mika:そのバンドが解散して(Ryokoと)BO-PEEPを組んで東京に出てくる時に、あの頃まだデモテープの時代で、音楽事務所のリストを見て全部送ってみて。

Ryoko:何十本も送ったよね。

Mika:それで2社に引っかかって、そのうちの一つが小林さん(笑)。あと(杉本)恭一さんともこのデモテープがきっかけで仲良くなれて、ライブも見に来てくれたんですよ。

Ryoko:このデモテープで東京と繋がりが出来たよね。

小林:その後うちのレーベルから出したのが2003年ですね。

Mika:そうですね。

小林:BO-PEEPはデモテープを聴いたのが最初だよ、あのピストルのジャケットのやつ。「このバンドいいかも」って思ったので、WRENCHの松田(ベース)を連れて見に行ったんですよ、秋葉原のグッドマンかな。それでいいねってなって、その後みんなでご飯いったよね。

Mika:新大久保に焼肉食べに行った記憶があるな、しのぶさん(SJMベースかわいしのぶ)とかも一緒に。この頃の昔の話にはまだ全然251出てこないのでこの辺で(笑)。

小林:すいません(笑)

Ryoko:でも、MikaとBO-PEEPをやる前のバンドの時に東京で初めてライブしたのが251だったというのを今でもよく覚えてますよ。

Mika:そうね、そっから一時期ちょっと251に出てないんですよね。うちら三茶の方とかにあれしてたので(笑)。

Ryoko:今でも251でライブしたりするとすごい落ち着くライブハウスやなーって、安心です(笑)。

―― ありがとうございます。当時を知るスタッフもまだ在籍してますし。

Ryoko:251のPAの北村さんもそうですね。うちのセカンドアルバムレコーディングの時のエンジニアは北村さんでした。

小林:そうなんだ、どの作品?

Mika:『SICK ORANGE TELEVISION』、ホウキを花火にして浴衣をきたやつ。(当時251の系列店だったレコーディングスタジオ)駅前のTRY-TONEで録りました。ギターの音作りに恭一さんが来てくれたり、LOST IN TIMEのみんながコーラスしてくれたよね。

Ryoko:そうそう、だからその後に251でライブした時、「あ、北村さんがPAしとる!」って(笑)。251で再会してライブPAをやってもらった時に。さすが、わかってくれてるなって!

小林:あと、話がずれちゃうけど、251の打ち上げは必ず鍋が出るとかね、前は良くやってたじゃない、なんか長居しちゃう感じがあったね。

Ryoko:そうそう、まだ福岡在住の時に、それこそMOON・BEAMのライブを見て、その後打ち上げで「東京のライブハウスって鍋が出るんだー!!」ってあの時はすごいびっくりしましたね。

Mika:どこでもでなくて、251だけだからね(笑)。

小林:いやいや、それがでかいんですよ。10月の時もやりましょうよ、鍋!

―― はい、もちろんですよ!

Mika:小林さんは早く終わってみんなと飲みたいっていうのが一つあって。

小林:だから早く始めて9時過ぎぐらいに終わって、そこそこにもうみんなで打ち上げだー!ってしたいですね(笑)。打ち上げがそこでできるっていうのは、ミュージシャンや関係者にとってはでかいんですよ。

―― あの頃の251の象徴ですね。

Mika:ライブ見に行けなかったけど、打ち上げには行くみたいなことも多かったし。乾杯とかして、距離も近くなれるしね。

Ryoko:だからこそ仲良くなれたかも知れないね。251の打ち上げで人脈が広がったなって、今、思えば・・・。

小林:逆に質問していいですか。30年前のオープンの頃ってどんなバンドが出てたんですか?

―― オープンの頃はブッキング担当が3人いまして、それぞれの得意なジャンルがあったので何でもありでしたね。

小林:下北では一番古いハコですか?

―― 今ではSHELTERに次いで2番目ですかね。当時は下北沢屋根裏があって、SHELTERがあって、251の後にQUEやGARAGEができて。

Mika:なんか下北行くと誰かと会うっていうイメージがすごくあったよね。下北と音楽はやっぱりイコールな感じで。

―― あの頃ってバンドブームというか、ちゃんと盛り上がってましたもんね。

Mika:251の私の勝手な感覚はやっぱり下北界隈の中で、一番安定安心があるって何かすごく思っちゃうんですよね(笑)。

Ryoko:安心してね。

Mika:まぁみんな好きなハコは色々あると思うけど。

―― サードストーンの小林さんといえば海外進出した日本のレーベルというイメージが強いのですが。

小林:そんなにすごいこと考えてやってないんですけど、元を辿ればレーベルを始める前1980年代にレベッカのマネージャーやってたんだけど、ボーカルのNOKKOがデビュー前からすごい海外志向強くて。ギターのSHAKE(木暮武彦)と2人でアメリカに行ってCaroline Recordsにデモテープ渡してきたりとかね、彼女はレベッカを休止してアメリカに住み始めソロでUSデビューもした。海外で全部上手く行った訳ではないけどレベッカやNOKKOのマネージャーやってた経験がまずでかい。その後Super Junky Monkeyのマネージャーを始めたら、彼女たちはすぐに海外で受けた。うん、あんなバンドは当時いなかったので。それが90年代。Super Junky Monkeyが活動できなくなった時に出会ったのがBO-PEEP。ちょうど俺も海外に行ける次のバンドを探して。すぐにそうなったわけじゃなかったけど、そこにダニエルってイギリス人のライターが現れて、メンバーにメールくれたんだよね。

Ryoko:そう、DJ をやっていてBO-PEEPをかけたいから音源を送ってくださいってメールがきて。

小林:こんな話があったよってメンバーから聞いて、これはすげえチャンスと思ってね。ちょうどその時フジロックにPUFFY の取材か何かでダニエルが日本に来ると聞いて、渋谷のスタジオに呼んで無理やりBO-PEEPのリハーサル見せた(笑)。まあでもそれで好きになってくれて、初のイギリスツアーを組もうってなったね。

―― なるほど。

小林:BO-PEEPはイギリスの方がウケるんじゃないかなと思ってたけど、その後にアメリカツアーに行って「アメリカでこんなにウケるんだ、早く行っておけば良かった!」って。びっくりしたね。

―― イギリスとアメリカの違いはメンバーさんも感じましたか?

Mika:イギリスは日本とちょっと似てるというか、島国的な何かが。

Ryoko:そうですね、向こうの人もシャイな部分があったりとかね。

Mika:アメリカはね、言うてもやっぱクレイジーなんでね、いい意味で(笑)。良いも悪いも、反応の仕方がすごくわかりやすくて。

小林:そうだったね(笑)。そういうのを体現させてくれたバンドです。日本の女性はやっぱ強いんですよ。今はもうそれこそYOASOBIとか色々海外進出してますからね。

―― 今ではそうですね、今後も海外進出のチャンスがあったら挑戦しますか?

小林:でも俺ももう歳なんでね(笑)。なんていうか、今の時代はみんな簡単に海外進出とかできちゃうんでね〜アニメの曲歌ったりして簡単に。自分にしかできないことをやろうってずっと思ってるから、逆にそこにもうあまり興味ないんです。。(今回のイベントに出る)BO-PEEPたちみたいに裸で勝負したいっていうか、裸って言っても脱いじゃうという意味ではなくてね。

一同:わかってます。全員わかってます(笑)。

小林:そうですよね(笑)。そういうバンドをやりたいですね。元々得体の知れないパワーがね、それぞれあるから。この辺の感じはバンドの価値が分からない人には全然理解できないんじゃないかな。

―― バンドの本質ですよね、今は何でもできちゃいますから。

小林:そうですね、正解はないっすね。ヒントになるかどうか全然分からないんですけど、昨日たまたまイギーポップの映画を観てたんですよ。7年位前の『GIMME DANGER』という作品。Stoogesって2010年にロックの殿堂に入ったんですよ。その時のイギーの受賞スピーチですげえ良いフレーズだなって思ったのが、“MUSIC IS LIFE and LIFE IS NOT A BUSINESS”、「音楽は人生であり、人生はビジネスじゃないよ」っていう。普通のことかもしれないけど、改めて「商売じゃない」って言えるのが凄くいいなと思って。

―― めっちゃいいですね。

小林:だからBO-PEEPも、彼女達はずっとやるんですよ、ずっとやり続けてるやつは強い。

どっかでいいことがあるだろうって思うし。

Mika:結局辞めたら終わりだよなっていうことが結論かと。

小林:JinnyOops!のボーカルのMitsuyoと話した時も「ずっとやっててすごいね」ってポロッと言ったら、「もう辞め方がわからない」って返されたね。

Mika:そう、うちも本当そうなんです。。

Ryoko:Mitsuyoちゃんと話した時に、「バンドを続けることで地方に住んで離れていても会える楽しみができるから」と言っていて。メンバーのことが大好きなんだなと思いました。

Mika:仲良いからね。

―― 今回のイベントはサードストーンからサブスク解禁記念イベントですが。

小林:今年の5月から今までJinnyOops!、タバコジュース、Liquid、MAMADRIVEを配信リリースしました。CD発売当時はまだサブスクはなく、ネットで聞くにはiTunes のダウンロードとかしかなかった時代で。今はもう皆んなサブスクでしか聴かないじゃなですか?それで色々と頼んで権利を買い戻して、全部じゃないですけど自分が今サブスクで聴きたいタイトルをひとつひとつリリースしようと思って。BO-PEEPも『THANK YOU』だけ自主制作で配信してなかったから、イギリスで録ったスタジオライブが日本では未発表だったので一緒に配信しようってなりました。何ていうかな、レーベル名残したいとか自己満足みたいな感じもあるんですけど(笑)、どうしてもやりたくて、それが俺の人生の締めかなって。

Ryoko:しめ?しめないで(笑) 使命?

小林:締めでいいんだけど。

Mika:サードストーンというところに関わらせてもらって、ありがとうございますってね。

小林:海外行けたのは楽しかったです。はい、じゃ30周年おめでとうといことでもう締めていいんじゃないですか。

―― イベントもよろしくお願いします。

Ryoko:はい!よろしくお願いします。安心して挑みます!

皆さま、10月21日に251でお待ちしております。

―― ありがとうございました。


2023.10.21.sat

“STONE FREE FES 2023~3rd Stone Recordsデジタル復活 x CLUB251三十周年記念~

出演:JinnyOops!/BO-PEEP/TsuShiMaMiRe/THE JUNGLES!!!/MARLA/10 minutes live video:SUPER JUNKY MONKEY/DJ:藤田勇(MO’SOME TONEBENDER)

TICKET:イープラス